黒ひょうさんの10天体

太陽の写真の裏には、「仕切る私」という副題がありました。何か分かります 、その感じ(太陽ってことですね)。海王星はのんで倒れてしまった人でしょう か、これも笑えます。ひょうさんの写真っておもしろい....。ちなみに天王 星と木星がとっても私の趣味です(^^)。月はひょうさんによると、バイトを していた居酒屋(?)だそうですね。ひょうさんはどれかな?やっぱりお店を月 にしちゃうのは、あの場にこの月の写真があったらきっと「飛んでる月」ってこ とになったような..。でも一見家庭的な雰囲気に見えますね。常連さんが多い のですか?あと、土星は2枚あって、ほとんど同じ写真なのですが、右側の横断 歩道を人が渡っているのと渡っていないもの。渡っている方の(その1)を選ん だつもりですが、画質が悪くなったせいか、見えなくなっているようです。


ひょうさんによる写真の説明

「まず、月。あれは居酒屋の5周年記念で常連ばかりのパーティなのです。で 、カウンターの中の人は店主とバイトの女の子なのですが、バイトの子は日ごろ 一日一人ずつしか入らないので集合するのは珍しいです。
確かに、私はバイトであって、常連であって、店主の元彼女ですので、自分の 家よりくつろげるところです。外でつきあいでお酒を飲んだりしたあと、(とく に後味わるい飲み会のあとなど)は、ついつい寄ってしまいます。
あの写真の中のどこに私がいるか? どこにでもいる可能性ありですね。それ にあの写真上の方の柔らかい明かり。あれが私の月です。

太陽。旧友に食べ物を振る舞う(?)自分。自分を自分らしく演出する時。(太 陽は難しいです…。)

金星は 写真研で話したとおりです。
(*研究会でのひょうさんの説明の要約・・・民家の前の花壇にマーガレット が植えられていて、その前に石榴の実が落ちて割れています。割れているのは普 通は汚い感じだけど、きれいなだけが金星でもないだろう、と思いました。この 2つを対比して撮っています。石榴は好物です。石榴っていうのは、ハデスが冥 界から持ってきたと言われますね。マーガレットは花壇の中なので、人の手が加 わっています。でも、薔薇などの花だと育てるのが大変で、人の技術とかがあま りにも入りすぎちゃうと金星でなくなる感じです。農学をやっていたので育て方 などがすぐ浮かんでくるんです。)

木星。片方の扉は開いている落葉の庭。煉瓦造りの家の中には幸せと安らぎが 用意されてて、(そんな気がする)そして扉に鍵はかかっていないのです。 そ れに京都の大学にはたいがい銀杏が植えられてて(京大の影響ですね)銀杏にた いして知識階級というイメージがあります。

土星。信号待ちって車にのってる人にはイライラして長い時間ですけど、歩行 者の安全にとっては大切なものですね。人が渡ってるあいだもそうですけど、人 が渡り終わっても、信号が赤なので発進しない車って土星だなと思いました。植 え込みのところにおじさんが座って休んでいる。これも土星のイメージ。

天王星。空から見えない情報を受け取るアンテナ。空を覆う雲が早く動いてい る… これは天王星に対して私がもってるイメージです。

海王星。私が世話役をしてるMLのオフで鍋をやった時の写真です。(太陽も そうだけど) 倒れてるのはその日初対面の人なのにみんなでよってたかって介 抱してるの。人が人との間につくってる輪郭がお酒の力で極めて曖昧になってる のは海王星だな。靴が脱がされているのってなんだか海王星的なイメージですが 。

冥王星。朽ちた鳥居とその下の石畳。異界への扉のイメージ?世界の区切り( 断層)。加古川で撮った写真で、この石畳は多分地震で歪んだと思われます。

火星、水星はもう少し待って下さい(写真ともども)」


hestiaによる写真の印象と解釈...

 まず、月の写真が居酒屋だというのは、本来自分にとっての親密さや私的な 部分を示す天体としては、かなり異質な感じがします。不特定の多くの人がやっ てくる場所で、どんな人がやってくるか予想がつかない状況というのは、普通は “プライベート”なものや、月特有の“守り”の姿勢からすると、かなり外に開 けているキャラクターという印象です。また、ひょうさんは「上の方の柔らかい 明かり。あれが私の月」と言いますが、これはチャートの天頂にある月そのもの の象徴という気もしてきます。

 太陽もまた、友人たちと屋外での食事を楽しむ写真で、月−太陽という基本 的な人格の軸の部分で、人の存在や他人との関係性事体が重要なものであるわけ です。月が雑多な人々がやってくる場、勝手きままにみんなが食事を楽しむ場所 であるのに対し、太陽ではひょうさん自身が食事をふるまっている、自分が中心 になっています。月のより私的なつきあいでは何でも受け入れてしまう一方、太 陽の社会的な活動面では、もっと自分が積極的に周りに働きかけようとしている のでしょうか?

 ただ、天体のサインを考えると、これは反対の働きをしているのでは?と一 瞬考えてしまいます。月は天頂ぴったりにあって、獅子座、太陽は12ハウス直前 の11ハウスにあって、天秤座。どちらも初期度数です。普通、獅子座というと“ お山の大将”的なリーダータイプで、天秤座は雑多な人々とのきままなつきあい 、だからです。


黒ひょうさんのNatal Chart

 そうすると、ひょうさんは、何か太陽と月の間でその働きを交換していると いうか、あるいは常にセットで扱うかのように相互に作用させているようです。 ディスポジターでは、獅子座の月は太陽にそのエネルギーを注ぎます。太陽は天 秤座なのでディスポジターでは金星に流れますが、しかし月と太陽は60度でアス ペクトしています。かなり、月と太陽の関連性の強い人なのではないかと想像し ます。具体的には、月と太陽のアスペクトがソフトだと、内面的に自己矛盾がな いとか、個人的な趣味と仕事が結びつくなどです。

 月、太陽、は海王星とアスペクトをとり、小三角形を形成しています。これ らは、他の天体とのアスペクトがあまり多くないので、その結合も強いのでない かと思います。確かに、月、太陽と小三角形を形成する海王星でも、同じように 人が現れています。それも、お酒をのんで酔いつぶれている友人だそうで、月の 居酒屋からの流れをそのまま物語として語っているようでもあります。他の天体 では人がまったく出てこないことも、この小三角形の働きが印象的です。

 海王星は蠍座の28度。「人が人との間につくってる輪郭がお酒の力で極めて 曖昧になってるのは海王星」とひょうさんは言いますが、蠍座という共同体から の一体化から、そろそろ脱しようとしている度数でしょう。サビアンシンボルは 「インディアンの女が酋長に自分の子供の命ごいをしている」。個人と共同体の 意志の間の、意志の違いによる溝を、命ごいという、祈りで埋めようとしている 度数です。これをそのまま当てはめると、勝手に飲みすぎて酔いつぶれた個人を 、まわりの共同体の人々が介抱している、あるいは、勝手に行き過ぎて倒れた個 人を助けようとしている“インディアンの女”。「人と人との間の輪郭の曖昧さ 」を、ひょうさんは初めてあったのに親身に介抱するという、人付き合いの流動 性というか、どうにでもなるような何でもあり、のような感じとして表現された のでしょう。がっちりと組まれた蠍座の影響から個人が抜け出るのは困難だと言 いますが、ひょうさんの場合、そこで傷つくであろう個人に対して、どうにかし てあげたい、という気持ちが強いのでしょうか?「輪郭の曖昧さ」と言うあたり 、蠍座の強固な結団からそろそろ抜け出ようとしている、しかしソフトアスペク トが多く、それを穏健な形でやっていこうとしているのでしょうか。非常に寛容 さを感じさせる写真です。

 さて、もともとひょうさんのチャートは、土星以外全て西側にあり(月はM C前ですが、MCと合で10ハウスと考え)、個人的な活動が中心となりそうです が、写真では左側軸の水星と火星が抜けており、他者や環境との関わりを現す右 側軸の天体がそろっていることが、一見チャートとは逆のような気がします。こ れは、天秤座の1度という初期度数で、天秤座の性質、人との関わりが強調され てくるためでしょうか?水星と火星は乙女座でコンジャンクション、11ハウスで す。太陽と月でこれだけ対人的な問題がクローズアップされていると、乙女座と いう自己訓練のサインは意識しずらくなるのでしょうか?11ハウスは友人などを 現しますが、自分では行わないで、友人や周りの人にやらせてしまうという人も います。

 金星は構図的にちょっと変わっている、という印象があります。縦形ですが 、斜めに撮っているように見えますし、ひょうさん本人が説明するように明らか に花と実の対比が意識されていて、写真の印象としては少々地味であっても、か なり意図的なものを感じないでもありません。この意図というのは、他人とは違 う自分だけの働きがあるのだ、という”こだわり”というようにも読めます。地 味だけれど、良く見ると主張がある、その構図的主張が読み取れるか、とこちら に問いを投げている印象もあります。ひょうさんのアセンダントは天秤座なので 、金星はチャートルーラーでもあり、ひょうさんのキャラクターとしては強い影 響があるでしょう。金星は蠍座14度で1ハウスにあります。1ハウスは無意識に 出てしまう本人の癖とか、消すことの難しいキャラクターとして現れます。自分 だけの性質だというこだわりもあるでしょう。ただ、アセンダントからは18度離 れており、その癖やキャラクターも無意識的というよりは、そろそろ自分で意識 してアピールできるくらいに客観性を獲得しようとしているくらいの(アセンダ ントからの)ではないかと思います。それが、構図的なおもしろさとか、斜めに 撮ってみる、とかいったことになるのかもしれません。

 ところで、2つのものの対比は何を示しているのでしょうか?マーガレット は普通、かわいく可憐な花、ということで金星としては良く出てきそうです。し かしひょうさんは「きれなだけが金星でもないだろう」といいます。マーガレッ トと石榴という違いはありますが、明らかに花壇の中できちんと人に育てられて いるという“ドメスティック”な部分と、熟して樹から落ちるという、人の手で はどうしようもない“自然の摂理”の対比があるでしょう。それは人の一生なら 、若い時と年をとった時の対比かもしれません。またマーガレットは若い可憐な 花、白く清楚なイメージがありますが、石榴はひょうさんも言うように、ハデス が冥界から持ってきた果実という象徴があり、マーガレットとは逆の“暗い部分 ”、“奥深い部分”が感じられます。地上と地下、光と闇......その対比はいく らでも見つけられそうです。そして、それらが、上下できっちりと区切られてい るのではなく、斜めに横切る花壇の線で区切られている。対比される2つのもの の境界も、また曖昧なものだと表現しているようでさえあります。ところで、蠍 座というと、第8ハウスが定位置で、再生を意味します。一度腐って死んで、新 たに生まれ変わる。生と死のサイクルが暗示されているでしょう。ひょうさんの このマーガレットと腐っが石榴の実も、マーガレットもいずれは枯れ、石榴は一 度土にかえりまた芽を出すという生のサイクルが読み取れます。

 木星は、金星と同じく蠍座で1ハウスです。アセンダントとはオーブ9度で 、かなりアセンダント近くにあります。やはり同じ蠍座らしく、一見派手ではな いけれど、奥深さと安定感を感じさせる写真です。地面が見えないくらいにびっ しりと落ち葉が敷き詰められていて、ここでもまた金星の“生と死のサイクル” のバリエーションが現れているようです。金星はもともと、若く個人的な天体で あるため、若い花との対比がありましたが、年齢域でもより年をとり、社会的な 天体である木星では、もはや“若さ”と対比されることなく“熟成”が示されて います。しかし一方、蠍座ということを考えなければ、落ち葉は生のサイクルの 下り坂を示すわけで、これから勢いを盛んにするのではなく、すでに頂点を過ぎ た後、生のサイクルを終わらせる準備をしているものともとれます。

 1ハウスにあり、たいへん勢いの強いはずの木星で、葉がすべて落ちている のはなぜでしょうか?木星のアスペクトは少なく、(ドラゴンヘッドとのトライ ンを除けば)天頂の月とのスクエアしかありません。獅子座が情感に支えられて 個人的な欲求を表現していくとするならば、蠍座は他者の中に自己が取り込まれ 、一度自己は死んでしまいます。獅子座にとって、唯一かけがえのない自己が他 者の中に取り入れられるのは、恐怖ではないでしょうか?このスクエアの間でど ちらかが優位にならなければならないとしたら、写真からは、ひょうさんには天 頂の月の方が優位になっているように見えます。ただし、木星は本来幸運の天体 なので、あまり悪い影響はないはずです。月が過剰に広がりすぎてしまう、とい ったくらいでしょうか?そうするとたとえば、木星の写真で片方の扉が開いてお り、鍵もかかっていない、ということは、どこまでも月の広がりを助長させてい る効果のようにも見えてきます。

 門はまた、夢の解釈などでは社会に対する顔を象徴します。アセンダントと いうペルソナも、一人の人間としてこの世に存在する時の仮の“形”、顔である でしょう。また、アセンダントは12ハウスというサイクルの最後の位置から、全 く新しいサイクルを始める1ハウスへの通過地点で、それはそのまま”門”の象 徴になるでしょう。そこで意味されるのは”通過”です。また、この世に生まれ てくる地点としてのドラゴンヘッドとのアスペクトの影響も見てよいかもしれま せん。しかし落葉が敷き詰められ、門も煉瓦作りで、たいへんどっしりとしたこ の写真は、1ハウスという新鮮さはあまり感じられません。これは、アセンダン トのサインと、木星のサインが異なるためでしょうか?

 土星の写真は、ひょうさんの説明がとても個性的だと感じました。「信号ま ちの長い時間」「歩行者の安全」など、時間の長さと安全性が示されるあたり、 牡牛座の土星の性質がよく出ているように思えます。「人が渡り終わっても、信 号が赤なので発進しない車」という見方も、土星の性質をよく表しているようで すね。それは規則(これも土星)だからそうするのでしょうが、もし事故を起こ した場合、規則を守らなかったこちら側が不利になるわけで、牡牛座の土星はそ ういう時、安全策を取るのでしょうか?鈍重ではあるけれど、確実で安全。「お じさんが休んでいるのも土星」とひょうさんは言いますが、ここでも“休む”と いうことで、定着宮である牡牛座の動きの静止と、時間の経過が表現されている ようです。

 ところで、ひょうさんのチャートでは、月から海王星が獅子座から蠍座にか けて並んでいます。獅子座から蠍座までのサインに全て2つ、3つの天体や感受 点が入っていますが、土星だけそこから外れて牡牛座にあります。またこの土星 だけチャートの東側にあり、他の天体は西側にあることからも、土星だけが他の 天体とは違った働きというか方向を向くことができるように思えます。土星がキ ーになっている、とも言えるでしょう。唯一西側(7ハウス)にあることでは、 信号待ちという「他者の交通」(7ハウス)における抑制や安全策という表現に 見えます。道、とくにこの写真では3方向から車が来るように見えますが、列車 のように決まった速度で走るのではなく、速度制限はあるものの、各々勝手な速 度で走る自動車の交差する場というのは7ハウスの象意になるでしょう。ただし 、それでもひょうさんの説明からは“待ち”の時間はそれほど不愉快なものと感 じていないような印象です。土星は冥王星とのトラインだけで、危険なアスペク トはありません。

 左側軸の天王星は、空が写真の半分以上を占めています。雲が立ち込め、嵐 でもやってきそうな雲行きに見えます。太陽は出ていないようです。天王星の力 は天からやってくるもので、その力をアンテナでキャッチする、というのは、天 王星のイメージでよく抱きやすいものでしょう。しかし雲が立ち込めているのは 独特な感じです。「空を覆う雲が早く動いている」とひょうさんは言いますが、 この速い雲の動きも天王星なのでしょうか?その速度も天王星なのかもしれませ ん。雲事体はふわふわとして捕らえどころがなく、むしろ海王星のイメージとし て抱きやすいようですが、その雲が速く動いているその動きが天王星なのでしょ う。雲の解釈としては、身辺をとりまく雰囲気、状況、気配の象徴です。運気の 状態なども夢の解釈としてなされます。また、太陽の光を遮るものであるから、 太陽の自我の意志を遮る雑念でもあるし、一方、天と地を区分するものであるか ら、地上を保護するものでもあるでしょう。空気の中にただようものとしては、 雰囲気とか状況ということはよく分かるし、天の光と地の間に現れるものである ことも分かります。

 ひょうさんの天王星は天秤座で12ハウスにあります。キローンとのオポジシ ョン以外に、10天体とのアスペクトはありません。12ハウスということで、あま り表には出てこない、隠された場で働いているでしょう。雲に焦点があるなら、12 ハウスという公的な活動ではあまり発揮しないということで雲の保護、“覆う ”という面が思いおこされますし、ノーアスペクトは下半分以下に建物がある以 外何もない、つまりごちゃごちゃと他の影響を受けない状態のようです。寂しい くらいにすっきりとした構図、印象であるのに、すっきりとしているが故に空の 強烈な主張というか、印象のある写真です。下半分にぽつんとひとつだけある建 物は、孤立しているように見えます。ノーアスペクトの孤立とも見れますし、も ともとの天王星の意味である“他者との区別”という意味が強くでているのかも しれません。

 冥王星は鳥居と石畳だそうですが、木星のように、“門”のような形に見え ます。木星では煉瓦と葉という植物が印象的であるのに対し、ここではほとんど “石”の質感が強調されています。石は前にも出てきた通り、その生成に(動物 、植物に比べ)最も長い時間を要します。 奈々さん も冥王星でクリスタルという鉱物を撮っていますが、最も運行の遅い冥王星 で鉱物というのはイメージしやすいのでしょう。集合無意識とも言えるような、 人類の最も古い共通の記憶の中で、鉱物が記憶されているのかもしれません。門 は当然、異界への通過点を思わせますが、そこに断層があるということが、異世 界とこちらの世界の間に断絶があるというか、その相違も大きいとこが感じられ ます。しかし、通過というものは、イニシエーションの儀式がそうであるように 、ある絶対的な“断絶”がなければそもそも成立しないものなのかもしれません 。その意味では単に“向こうへ通じる道”などよりは、冥王星の本来の意味が表 出しているようにも思えます。冥王星は最も深い意志で、それは土星の社会性を 考慮することは全くないでしょう。冥王星は他の天体の働きには無関心です。だ から、社会的な生活のためにはあまり冥王星を効かせるのは危険な面もあるでし ょう。ところがここではその“断絶”が表出してしまっている。土星よりも、冥 王星の意志に従おうというか、冥王星にかなり意識的である印象を受けます。

 ひょうさんの冥王星は11ハウスの終わり、乙女座で、天秤座の太陽とオーブ 4度でコンジャンクションです。サインは違うものの、もともと冥王星を無視し て太陽の自我を発揮するのは危険なのかもしれません。つねにより深い意志、絶 対的な“断絶”に向かい合うべき配置なのです。冥王星は土星とトラインのため 、土星という社会の規律との反発もないはずです。また、始めに見た、月、太陽 、海王星の小三角形の頂点にもなっており、アスペクトも多い方です。太陽、冥 王星の頂点は、12ハウスにまさに入ろうとしていて、精神的、神秘的な世界、社 会の決まりきった形を壊そうとする方向へ向かっているのでしょうか?宗教性と 関係するハウスであるので、鳥居がでてきていますが、その鳥居さえ朽ちていま す。全て朽ちさせ、形をなくし、サイクルを終えようとする12ハウスの力でしょ うか?

 コンジャンクションとはいえ、太陽と冥王星の写真は、似通った印象があり ません。これは、乙女座と天秤座というサインの違いのためでしょうか?特に乙 女座と天秤座は、サインの前半と後半の境目のサインで、その間の断絶には大き なものがあるでしょう。天秤座の始めの度数は、反対の牡羊座がそうであるよう に、強烈に新鮮なものです。未知の他者がわーっと入ってきて、一種の恍惚感の ようなものがあるでしょう。それに対し、乙女座の終わりの度数は、そろそろ自 己の完結をむかえねばならない時期です。冥王星のサビアンは、「力をつかまえ たはげ頭の男」。変革のために強制的に破壊と力の活性化をする度数です。石畳 の断層は、そういした強制的な力を示しているように思えてきます。

 全体の印象としては、月、太陽、海王星の部分で対人的なあり方が重要であ り、一方、木星や冥王星で通過、また金星、木星では蠍座の再生のサイクルが非 常に良く出ています。冥王星にはかなり意識的で、土星はあまり危険な力として 働いていないようです。天王星には、本人は気付いているのか、未だ形にならな い未知のものの訪れの予感があるようです。


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