奈々さんの10天体


 奈々さんは今回始めて惑星イメージの写真を撮られました。火星はパノラマ のため大きなサイズですが、そのままの比率を尊重します。まず、奈々さん自身 による写真の説明から。


「月は、自分がバレエをやっているのでトゥシューズを選んだのですが、私に とって月っていうのは、自分が生きていて楽しいこと。本当はトゥシューズと楽 譜なんかを撮りたかったんですけど、バレエとか芸術関係が自分にとっての月と いうイメージです。
 水星は、この道が(写真の手前の方にある)海に続いている。海王星も同じ 海で撮ったんですが、自分でもこの水星の道が海王星の海につながっているんだ な、と思ってます。
 金星はキャンプに行った時のもので、木の左右にブランコがつるされていて 、まるで男性と女性のように両方に揺れている感じが金星っぽいな、と。真ん中 に木があって両方に揺れている感じです。
 太陽は自分が牡羊座の10度のためか、“太陽は全ての始まり”という感じが あります。“全てはこれからだ”というイメージです。生後1ヶ月にもなってい ない、友人の子供なんですが。
 火星はこれはコンサート会場なんですが、パワーとエネルギーに満ち溢れて いるというか、みんなが一つの目標に向かっているというのが火星的だと思いま した。カメラは持ち込んではいけないんですけど、これは火星的だと思ってむり やりカメラを持ち込んでこっそり撮ってきたんです。KinkiKidsのコンサートで す。
 木星は、同じ会社の先輩の女の人が育てた花です。花を育てるのが上手な人 で、生け花の花をさしても根づかれる人で、その花にパワーがあるんです。で、 彼女が育てた花を絶対に撮らせてもらおうと思って。後ろに写っているのは会社 です。
 土星は人生の道しるべという感じです。“こうあらねばならない”というの があって、それがこの石碑と標語のように(歌が)書いてのが見えて、あ、これ が土星だなと思ったんです。
 天王星は先週の台風の前触れの空なんですけど、嵐の前触れっていうか、こ れからグチャグチャになるぞ、というのが天王星だと思って空を見上げて撮って みました。
 海王星はさっきの水星とからんでいて、知識の鍵は海に帰るぞ、みたいな感 じで。それでこの左右にある岩が門柱みたいに見えて、真理は(この門より)も っと向こうにあるぞ、っていうのが海王星だと思いました。門があって、向こう の海に通じている。
 冥王星はちょっと写真がボケてますが、私が一番大切にしているクリスタル のネックレスなんです。もうちょっときれいに撮りたかったんですけど、自分に とって大事なものなので、友達みたいなものです。」


 以上が奈々自身による写真の説明です。今回は始めから奈々さんのチャート を見てみました。
 特徴的なのは、牡羊座に天体が集中していること、特に月は牡羊座の29度。 アスペクトの結びつきとしては割りとシンプルというか、まとまりとして把握し やすいチャートだという印象です。天王星・冥王星と水星・金星のオポジション とそれを調停する海王星のグループ。また太陽は土星としかアスペクトがなく、 全体の中で孤立しています。一方月は火星と合でかなりエネルギーを持っていそ うです。


奈々さんの Natal Chart


 月について言うと、本来月というのは安全で安定したものを求めるものです が、バレエのように身体を使って動くもの、特に激しい訓練をするものというの は、この月の安心感とかとは程遠いものです。火星との合なのでさらに訓練や行 動に駆り立てていくものが月にある。また牡羊座は音楽や芸術と関係しやすいが 、それは音楽の波動とかサウンド、揺れと関係するから。牡羊座自体が家庭的な ものとは程遠い上に、奈々さんの月は3ハウスにあるので、4ハウスの安定感に のみ込まれるのを拒絶しているとも言えます。どちらにしても、安心感のある家 庭的なものをはじめから求めていない月、と言えそうです。

 金星の説明で、「男性と女性が両方で揺れている」というのは、ちょっと不 思議な感じがしました。女性原理である金星で、男女のバランスをイメージする ということです。金星は水星と合で、子供や無性を表す水星の影響が金星にある のかな、とも想像します。水星の子供っぽい感じは木に人の顔が描かれているこ とや、またブランコを枝につるして子供の遊具にしていることにも見られそうで す。

 奈々さんによると実際に男の子と女の子がこのブランコで遊んでいるのを見 たわけではないそうです。だけど、奈々さんにはあたかも男の子と女の子がこの ブランコで遊んでいるとしっくりくる、というか、そういうイメージが“見えて しまう”そうです。(奈々さんは霊感の鋭い方だそうで、視覚的な想像力と受信 力があるというわけでしょうか。)

 この金星に対して8ハウスの冥王星がオポジションになっています。2ハウ スは自分のメリットを守るところで、そこに金星があって自分がとっておきたい ものが8ハウスの冥王星によってそこなわれていく。よく異性関係でつきあって いる人が死んだりすることがありがちな配置です。8ハウスという他者との関係 によって自分の快適さがいつも疎外されていくのです。

 奈々さんが言うに、「だいたい執着したものは取られてしまう」らしい。「 死んだことはないけど最初のボーイフレンドは行方不明になってしまった」と。
 冥王星は“あっちの世界に行ってしまう”ことだから、それがすごい再生に つながることもあるけど、やはり喪失感もすごい。金星の年齢域の頃に強烈な体 験をして、その感覚に本人が“しつけ”られている。だからその経験を超えてよ り普遍的なものを求めやすいし、趣味が深刻になりやすい。それが太陽の年齢域 になっても人格の多くを占めているような雰囲気の人が多いそうです。

 写真を見ると、本来2ハウスという安定した大地に根付く木が、(遊具にす るため)ばっさりと途中で切られている。この“切断”が、2ハウスという自分 の素養をすくすくと育てる性質を外的な力によって強制的にばっさりとカットし てしまう8ハウスの冥王星の力のようにも見えてきます。

 太陽と土星の合が全体から孤立しているということはどうでしょうか?
 太陽が赤ちゃんというのは、牡羊座の始めのほうの人がイメージしやすいよ うです。太陽の象意は社会的な自我の確立、つまり自分で意識的になって作って いく自分というものですが、例えばタロットの「太陽」というのは子供が描かれ ていて、占星術での太陽ほど意識的でなく、もっと生命の根源的なパワーという 感じがしますが、奈々さんの赤ちゃんの写真はむしろこちらの太陽のイメージに 近い感じがします。それはやはり牡羊座の初期度数の太陽のためでしょう。

 この太陽と合である土星は虚子の歌が刻まれている岩ですが、「岩に文句が 刻まれている」のが人生の「道しるべ」のようだと奈々さんはいいます。「言葉 、文句」というのは抽象的なもので、具体的な事物ではありません。歌とか道し るべというのはそれ自体、具体的な物ではなく、何かを指し示すものということ で抽象的なものです。普通土星だともっと実際的、日常的なものをイメージしや すく、例えば5月の研究会でのWさんはおじさんの写真をとっていて、“具体的 な人”です。このあたりにもやはり牡羊座の初期度数という、具体的な形は取り にくく抽象的となるという性質が出ています。牡羊座は身体でも頭を示すように 、(頭から下の、つまり実際的な)身体性を獲得する前の“頭の中”だけで考え ている状態です。

 太陽がその若い生命力に溢れていて、一緒にある土星は土星らしく太陽の人 生に規制というか“あるべき方向”を示そうとしますが、やはり牡羊座の初期度 数のため、抽象的な言葉でその“方向”を模索している。また、はっきりと“こ うあるべき”という教訓的な文句でなく、“歌”が刻まれているというのも、よ り抽象性は増すでしょう。

 太陽の背景が暗いのが気になりますが、これは土星としかアスペクトをもた ない故、土星的な重々しさが現れているようです。土星を介してしか模索できな い、模索の手段にあまり明るくないというのが、そのまま“背景の暗さ”という わけです。

 こじつけのように聞こえるかもしれませんが、絵画の象徴言語としては、“ 松”はすなわち「待つ」のこと、といいます。松の背景に松の歌の刻まれた碑、 奈々さんはアスペクトの少ない土星と、その土星としかアスペクトのない太陽の 成長(赤ちゃんの写真)を、のんびりと待っているようにも思えます。


 もうひとつ奈々さんのチャートでとても目立つのが天頂にある海王星です。 この海王星は水星、金星と冥王星、天王星のオポジションを調停します。奈々さ んはこの自分の水星と海王星のトラインにかなり自覚的なようで、写真を撮って いる時もすでに水星と海王星が関連のあるものになることに自分で気付いていま した。これは自分でチャートを意識して撮ったというよりは、日常的に水星と海 王星のアスペクトに自覚的であったために写真においても自分なりの水星と海王 星を表現でき、それがチャート通りの関連性となったのだと思います。
 オーブとしては海王星は金星の方に近いのですが、水星と金星はオーブ1度 以内でほぼ正確に重なっています。これはチャートだけでは想像できませんが、 写真を見ると、奈々さんは天王星と冥王星のオポジションを調停する海王星を主 に水星に対して使っていることが想像できるのです。

 水星の写真を見ると、画面上方の真ん中から、左下に向かって道があります 。道がどちらからどちらに向かうものかというのは、客観的にいえばどちらにも なるわけですが、分析として絵画や写真を見る場合、本人の説明にそって考えま す。奈々さんは「画面手前にある海に通じている」と自分で言っているので、上 方から左下へのカーブを描いた方向性が示されていることになります。

 この方向性というのは、かなり重要なものがあります。例えば精神病患者の 描いた絵などでも、自閉症の状態では闇に閉ざされた人物や光が真ん中にぽつん とあったりします。それが治療が進むにつれて、闇から中心の光がもれる道が開 かれたり、と“動き”が出てくるのです。方向性が出てくることによって、はっ きりと外に示せなくとも、本人の意識の深い部分で“動き”と“意味づけ”が始 まっているのです。

 奈々さんの場合、水星は左下へ向かうために使う力、という“意味づけ”が 出来上がっているといえるでしょう。その先には海王星があることも本人は意識 できています。

 画面の左下は、上下左右の4分割では「無意識の領域、原初のあり方」また 「本能的な領域、衝動域」などを表します。上方ではなく下方であるので、それ は精神性や抽象性ではなく、より身体に根付いたものです。赤ちゃんが頭で考え る以前に感じる快不快の世界です。しかしこれは精神性に欠けているというより は、意識に邪魔されない本来の身体の欲求とか自然なあり方、本能へのコンタク トが開かれている、ということです。

 そしてその左下の領域には海王星があると奈々さんは言います。一方海王星 については「海の中の岩の門を通って、その向こうにある真理に向かう」と言い ます。
 水星が左下の方向を持つのに対し、海王星は上方への方向を持つ。水星は上 方の岩場から下方の海へ、海王星は岩の間を通ってやはり海へ。
 おなじテーマが繰り返される一方で、その方向性は逆になっています。水星 が身体性に根ざした領域を探り、海王星はより高い精神性と抽象性を求めようと する、という関係です。例えば画面が水星は横長ですが、これは水平性を表し、 海王星の縦長の画面はそのまま上昇と下降、つまり垂直性を示すことにもなりま す。水平性は例えばチャートではアセンダントとディセンダントのライン、垂直 性はMCとICのラインです。水平性は外的な雑音を取り入れつつ、環境の中に 存在すること。垂直性は、雑音を払い自己の本質的な魂や精神性のあり方に関わ るものです。

 しかしどちらも岩場というのは、後にする場、通り過ぎる場になっています 。そして岩、つまり鉱物ですが、その同じ鉱物であるクリスタルが奈々さんにと っても冥王星であるというもの興味深い。つまり奈々さんにとっては、本来最も 深い深層の目的である冥王星は、最終的な目的の場ではない、むしろそれを超え ていく場である、という気がしてなりません。もちろん、それは水星と海王星の 視点から見たものです。ただ、海王星は冥王星による金星と水星へのオポジショ ンを調停するもので、それ故奈々さんは海王星をより積極的に、有意義な方向に 使おうとしているのではないかと想像してしまいます。

 実際、奈々さんはバレエをやっているなど(海王星の示す)芸術にかなり縁 が深く、また占いも仕事にしていた頃があるくらいで、十分に海王星を個人的に 使っているようです。

 この大変重い冥王星に対して、コンジャンクションの天王星は嵐の前の、こ れから何かおきそうな暗い空の写真です。冥王星と一緒にあるため天王星の改革 への欲求はより根源的で大きなものになりそうですが、奈々さんが言うには、「 金星と冥王星のオポジションを天王星によって打破したい」そうです。とすると この嵐の前の空は天王星と冥王星のコンジャンクションそのものの写真にも見え ます。天王星の写真が何か起きそうな荒々しい力の前触れを表しているのに対し 、冥王星の方はなんとなくはっきりしない写真というか、本来の位置の8ハウス にあって本人の意識の深層に深く入り込んでいる感じがします。アスペクト的に も金星とのオポジションのオーブは冥王星の方がかなり狭く、意識的・客観的に なりにくい状態のように見えます。

 さて、天頂の海王星を奈々さんはかなり意識的に使っているようですが、そ れに対し7ハウスの木星はスクエアになっています。7ハウスは他者から社会性 を教えてもらうところ、そこに木星があるということは、対人的な引き立てや幸 運が期待できます。実際、奈々さんは木星の写真で、会社の先輩が育てた花のパ ワーがとてもすごいものだと思って撮らせてもらった、と言っていて、会社とい う社会的な場、また先輩というルールを教えてもらう立場の人から素直に力を得 ようとしているのです。

 ところがこの木星が天頂の海王星とスクエアであるため、せっかくの外から やってくる幸運は、海王星的なことを目指すには何も役に立たない、ということ になってしまいます。

 木星の写真で植物を撮ることは多いのですが、自然の大きな木や、林など、 地面から生えている状態を多くみました。その意味では奈々さんの花はパワーが あるとはいえ、“根がない”わけです。それはMCという社会的な自我の確立の スタート地点としての7ハウスが、MC(にある海王星)に貢献しないというこ とです。背景が暗いのも気になるところです。そうするとやはり奈々さんはMC にあるということもあり、海王星の世界を目指しているのでしょうか。

 奈々「将来の目標というのも、未だにはっきりしない部分があります。(目 標というよりも)もっと突き抜けたい。言ってみればこの人生で終わりにしたい 、もう人間はやめたいな、みたいな。あまりに突き抜けすぎていて具体的でない ので、日常生活が成り立たないこともあります。」


 しかし海王星的な世界を目指すのだとすると、2ハウスのルーラーがMCと コンジャンクションということは、自分の個人的な好みとか趣味、資質に基づい たことをやっていると社会的にもうまくいく、ということです。ただ、それが海 王星なのでいわゆる普通の社会性からははずれてしまうかもしれません。そこで 都合良く、いつも社会性を教えてくれ引き立ててくれる人が、本人の本質的な意 志とは相容れないかもしれないけれど、7ハウスの木星として存在しているよう です。


 一言でまとめてしまうと、写真全体にあまり日常生活の事物を撮っていない ことが全体的な特徴となっています。人間も赤ちゃんだったり、コンサート開場 にたくさんいる人というのも人そのものははっきりと見えなくて開場の一部とな っているという点で、個人個人の活動ではなく、普通の社会的にありがちな生活 や行動を目標としていない印象があります。

 自己集中を表す画面の左側がどれも遠景で、自分の資質に関わる時に常によ り大きなものを見ていて、ちいさな日常的なことをとても目標にはしない感じで す。外界からエネルギーを取り入れる画面の右側は、一見したところ明るく楽し げな感じの写真ですが、よく見ると海王星以外、なにか外的な力によって自然な 状態が損なわれている(生け花ははさみで切られる)ようにも思えます。中央の 軸にはかなり意識的であるようですが、社会的なあたりまえの安定感からはちょ っとはずれた独特なものを目指したいという気持ちが感じられます。それは“赤 ちゃん”が表すように、生活の垢にまみれていないようなものでしょう。

 やはり最もサイズの大きな火星に、一番パワーを感じます。火星は木星とト ラインなので当然かもしれませんが、否定的な印象がなく、素直に火星の攻撃的 なエネルギーを抑圧せずに自然な形で生かすことができているようです。


後日談...

 奈々「ちょっと言いそびれたことをひとつ...。 N氏の 冥王星、海王星、天王星を見て私のと共通してるなぁ、と・・・。
   冥王星 N氏:岩、
       奈々:水晶太古から存在している、年経りたもの。
   海王星 N氏:テレビ、
       奈々:海別の世界へ通じるもの
   天王星 N氏:パソコン、
       奈々:荒らしの前の空改革するもの(N氏は、パソコンを時代 を変えたものだと言われてましたので・・・)」

 Hestia「鉱物というのは、10月の研究会でも話が出たように、シュタイナー によると、人類の最も遠い記憶、ということだったでしょうか。動物、植物、鉱 物の順にだんだん遠い記憶になる。ということでは、冥王星に鉱物が出て来るの はそのあたりの共通の感覚が出ているということでしょうか?最も古い記憶。」

 奈々「あ、そうなんですか...。最も古い記憶というか、深層のはてにある もの、というかすべてはこの中につまっている、ってカンジなんです。で、(N 氏との共通点から考えるに)トランスサタニアンっていうのは誰にでも共通の部 分があるのかな、なんて思いました。」

 Hestia「個人化されにくい、とも言えるでしょうし、またもともとトランス サタニアン自体が個人化する天体ではないから、でしょうかしら。そういう意味 で、個性的なトランスサタニアンの写真を見るとおもしろいです。 7月のS.O.さん の天王星なんかね...」

SARI「六月にあった時の、 Yさん の冥王星は、光と影が印象的な木でしたが、今回はお二人とも、冥王星が鉱 物でしたね。 私も写真は用意していたのですが、今少しバらすと、冥王星は植 物と石で出来たものが一緒になってます。 鉱物は古い記憶ということでしたが 、なんていうか、冥王星に関わる古い記憶として、鉱物が写されてくるというの も、面白いですね。 私のとった冥王星の写真はそうすると、どちらかというと 、6月の Yさんの冥王星に近い気がしますが、Yさんと私も世代的には似ていま す。」

SARI「(奈々さんのチャートは) 海王星がすっごく効いていて、霞がかかっ ているような感じが私はしました。この霞というのは悪い意味ではなく、形が見 えないのですが潜在しているエネルギーが、中にすごくあるというか、2と8の エネルギーが、全部、海王星に向かうみたいな感じで、2と8が辛ければ辛いほ ど、海王星が広がって、という感じです。

奈々「ありがとうございます、プラスな読み方をしていただいて嬉しいです( ●^^●)自分では、時々「海王星(幻)に逃げてるんじゃないか?」とも思う ので。占星術、音楽、舞踊、前世、みんなまとめて自分の「逃げ」の産物のよう な気がする時がある。すると本当に、行き場がなくなっちゃうんですよねぇ。」

SARI「逃げの産物が芸術になるとしたら、それはそれで素晴しいじゃないです か。(^^) 何せ、この社会は土星でがっちりと出来ているから、海王星的なもの は疎まれてしまいます。 でも、チャップリンが言ったような愛と希望と(夢と希 望だったっけ?)、サムマネーというのは、土星的ばかりのものにこだわらず、少 しは海王星的なものがあった方が、人生が潤うと言われてるみたいで、ほっとし ます。 宝くじは夢ですけど、当たってしまったら現実で、現実に宝くじが当た った人は、今度はまた当てたいと思うのかな。 そこから、物欲に走ってしまう のは、そこからもう海王星の範疇ではなくなっている気が・・・。 馬券もそう ですけど、一度当たると、どんどん深みにはまって、夢も現実もわかんなくなる 、それが、土星の枠組社会では、一番怖れられていることなのかもしれない。 すべてはバランスなのでしょうね。」

奈々「ちなみに、私のイメージ通りのものって現世で存在しないものがあるの ですが次回は絵でもいいのでしょうか???」

 もちろん、OKですよ、奈々さん!ぜひお待ちしています。


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